コラム

【ヒートショック】入浴中の事故を防ぐために知っておきたいこと

2025.11.04

2025年

日本では毎年約5000人もの方が入浴中に命を落としています。その大半を高齢者が占め、特に寒さが厳しくなる冬場に集中して発生しているのが実態です。この数字は交通事故による死亡者数を大きく超えており、決して軽視できない問題となっています。入浴という何気ない日常の習慣が、実は命に関わる危険性を秘めているのです。

私が外科医として多忙な日々を送っていた時期、手術を終えて深夜に帰宅し、極度の疲労を抱えたまま湯船に浸かることがよくありました。体の力が抜けていく心地よさの中、気づけばそのまま眠り込んでしまうことが度々ありました。冷めたお湯の冷たさで目が覚めるという経験を何度も繰り返していたのです。幸いにも大事には至りませんでしたが、振り返ってみると極めて危険な状態だったと認識しています。疲労が極限まで蓄積している時は、入浴中に意識が遠のくことは誰の身にも起こり得ることなのです。

入浴中に溺れてしまう最大の要因として知られているのが「ヒートショック」という現象です。冷え切った脱衣所から一気に温かい浴槽へ入ることで、血圧が激しく変動し、その結果として心筋梗塞や脳卒中を発症するリスクが跳ね上がります。さらに、過度の疲労やお酒を飲んだ後の入浴、体力の衰えといった要素が加わると、溺死という最悪の事態に至る危険性が一層増していきます。

こうした痛ましい事故を未然に防ぐため、特に高齢の方や何らかの持病をお持ちの方は、次のような予防策を実践していただきたいと思います。まず第一に、脱衣所や浴室に暖房器具を設置し、部屋の温度差をできるだけ縮めることが大切です。次に、お湯の温度は40℃を超えないように設定し、浴槽に入る時は一気に浸からず、手足からゆっくりと体を慣らしていくことを心がけてください。長時間の入浴は避け、もしご家族と一緒に暮らしているなら、入浴前後に声をかけ合い、万が一の異変にすぐ気づける体制を作っておくことも有効な対策となります。

入浴は一日の疲れを癒し、心身をリラックスさせる貴重なひとときです。しかし、その安らぎの時間に潜む危険を見過ごしてはなりません。適切な安全対策をしっかりと講じることで、寒い季節であっても安心して快適な入浴時間を過ごすことができます。医療に携わる者として、そして自分自身が危うい状況を経験した者として、この大切さを多くの方に知っていただきたいと強く感じています。

西岡 清訓(にしおか きよのり)

にしおか内科クリニック

院長 西岡 清訓

(にしおか きよのり)